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【アラベスク】  第18章 恋愛少女



第2節 休日の午後 [5]




「そもそも、ミシュアルは王位に対してはそれほどの興味も執着も持ってはいなかった。ハツコとの間にルクマが産まれた時も、国など捨てて日本へ行こうかと思ったくらいだって言っていたからね。ただ、やはり第一皇子として生まれたからには、そう簡単に立場を放り出すのも無責任のような気がしたし、なにより、産まれた時から次期国王候補として育てられてきた彼にとって、国王にならないという人生の選択はあまりにも非現実的に思えた。後継者として育ててきてくれた現国王や親族や周囲の人々からの期待もある。現国王がそれこそ心血を注いで築いたラテフィルの平穏を揺るがすような事態も避けたい。だから皇子としての責任とハツコとの生活、この二つを両立させるためにできる限りの努力を続けた。それが、ハツコが亡くなってしまったものだから、もはや王位を継ぐ気もなくなってしまったのよ」
「じゃあ、ミシュアルさんは、王様にはならないんですね」
 王様なんて言うと、まるでおとぎ話にでも出てくる主人公のようにも聞こえる。本当に、現実の話とは思えない。
「それでラテフィルからも離れて、って」
 じゃあ、瑠駆真がラテフィルへ行くって話は何? それに、私も同行するって。
 首を傾げる美鶴。メリエムは緩く笑った。
「そうなれば、万事解決ってワケなんでしょうけれどね」
「え? 何か違う事でも?」
「実はね、一度放棄した継承権が、どうやら戻ってきてしまったみたいなのよ」
「はぁ?」
「つまり、結局はミシュアルが王位を継がなければいけないような状況に追い込まれてしまっているワケ」
「なんで?」
「物事って、上手くはいかないものね。ミシュアルが継承権を放棄した後に、弟の後ろ盾になっていた王族の実力者が病死してしまったのよ」
「それで?」
「実はね、ミシュアルの弟っていうのが、あんまり人望の厚い人間ではなくってね。別に悪い人間ってワケでもないし、散財家だとか暴力的だとかっていうワケでもない。むしろその逆で、何と言うか、あまりにも権力者としては無気力な人間なのよ」
「無気力」
「そう、つまり、政治にはほとんど無関心。父親である国王やミシュアルから政治家としての仕事を任されたりする事もあるんだけれど、(かんば)しい結果は出せていない。対人関係を構築する能力もあまり高くはないから友人も少なくってね。ただ、日がな一日オアシスで涼を取りながら鳥の囀りでも聞いて詩でも読み耽っているのが何よりの楽しみなのだとか」
「まぁ、それも楽しいのかもしれませんね」
「忙しく動き回る日常のある一瞬だけをそういう時間に当てて休息するというのなら構わないとは思うわ。ミシュアルや国王だってそういう時間を楽しむ時はある。でも、一年中それでは、国は成り立たない」
「確かに」
「そもそも、彼には王位に対する野心も無いし」
「ミシュアルさんもそうですよね」
「まったく、どういう家系なのかしらね。王位って言えば、兄弟や親族が目の色を変えて取り合う事も珍しくはないはずなのに。継承を巡って流血の惨事になったなんて事態は、東西を問わず、どこの歴史にも出てくるわ。それを、兄弟で押し付け合うなんて。もともと弟に国王という立場を与えるなんて無理があるというのが王宮内でも大半の意見で、後ろ盾となる親族が結局は実権を握るのだろうと思われてはいたのだけれど、その親族が亡くなってしまった事で、無理に弟を押そうとする勢力は急速に萎んでしまったというワケ。今では彼を王位に就かせようなんて事を公の場で口にする人はいないわ」
「他に王様になれる人はいないんですか?」
「現在の国王には子供は二十三人いるけれど、息子は三人だけ。ミシュアルとすぐ下の弟」
「もう一人は?」
「まだ二歳よ」
「はぁ」
 ミシュアルさんは何歳なんだろう? 会った事もないけれど、瑠駆真の父親なんだから十代や二十代ではないはずだよな。っつうか、子供が二十三人って。
「兄弟いっぱいですね」
「フツウよ」
 フツウなのか。
「国王には男の兄弟が六人居るわ。でも四人は健康面で不適切」
「健康面?」
「一人は脳卒中だったかで倒れてそのまま寝たっきり。一人はラクダレースで落馬、いいえ、(らく)ラクダとでも言うべきかしら、頭を打って半身不随の車椅子生活」
 落ラクダって。
「二人は糖尿病でどちらもかなりの重症よ。会ってみればわかるわ。日本の力士とかっていう戦士顔負けの体型だから」
 相撲の力士は戦士ではないと思うのだが。
「あとの二人のうち、一人は若い頃にアメリカへ留学して以来、研究に没頭してしまっているらしく、ほとんどラテフィルへは帰ってこない」
「糖尿病に、留学ですか」
「王宮の生活は豊かだからね。怠惰に暮らそうと思えばいくらでもできる。専属の医師もいて、初期のうちから病気に関しての警告はしていたらしいんだけれど、一度味わってしまった贅沢をそう簡単に手放す事なんてなかなかできないのよね。当人たちは王位に就く気満々みたいなんだけれど、結局は病気が重症化してしまって、とても公務どころではないわ。本人たちにその気があっても、公務をこなす事ができなければ継承なんて認められないわよ。病気を理由にされては当人たちも納得せざるを得ないだろうし、どうせ王位に就けば毎日贅沢三昧できるだろうくらいにしか思ってないんだろうから、却下して当然よ」
「あとの一人は?」
「男を捨てたらしいわ」
「はい?」
「性転換して、東南アジアを拠点に女優やってる」
「はぁ?」
「国としては、彼と言うか彼女と言うか、とにかくその存在はもはやロイヤルファミリーからは削除されているみたい。体裁もあるし、宗教的な問題もあるし」
「へ、へぇ」
 すごいファミリーだな。







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